つまらない者であることはいいことだ エフェソ 3:7‐9

パウロは自分を異邦人のためにキリスト・イエスの囚人となっている者だと書き始めました。つぎに、ここでは、聖なる者たちの中で最もつまらない者だと言っています。今日のテキストを注意して読みますと二つの対比があることに気付きます。一つは“神”と“最もつまらない者”の対比であり、もう一つは“最もつまらない者”と“キリストの計り知れない富”の対比です。この二つの対比を軸としてテキストを読み解いて参りましょう。「聖なる者の中で最もつまらない者である私」とパウロは言うわけですが、この聖なる者というのは、宗教的な意味で特別に清い人だとか道徳的に立派な人ということではなく、キリストを信じて罪を赦され、神の子として頂く恵みに与っている人という意味であることは既に学んだ通りです。テモテへの手紙一 1章15節でも「わたしは、その罪人の中で最たる者です」とありますが、彼がこのようなことを言うのは、偽りの謙遜をしているのではなく本心からそのように思っているからです。もし彼に、「本当ですね。あなたは罪人の頭ですよ」と言ったら、「あなたには言われたくない」とは決して言わないでしょう。「全くその通りなんです」と言うでしょう。でも、もともとは、自分はひとかどの者だ、神様も一目置くに違いないくらいに思っている人だったですよね。それが本当に変えられた、逆転したということを何回か前のメッセージで聴いたわけですけれども、それだけ彼は、神と自分の違い、違いという言葉は比べて出て来る言葉ですから、違いなどと言えないほどの違い。全く聖にして清い神と、全く汚れている自分のギャップを聖霊によって示され、そして、その通りですと認めたわけです。つまり、彼ほどに“神”と“最もつまらない者である私”の対比を強烈に感じ取った人はいないわけです。でも、そこでとどまってしまうと危険だそうです。まともに罪人としての自分の姿を見ると発狂してしまうとまで言われています。ですから、言い訳したり、そこまで自分はひどくないと言い聞かせたりするのは、ある意味で自分を守る手段と言えるかもしれません。でも、わたしたちもパウロほど強烈にかどうかは分かりませんけれども罪を示された。パウロがそこにとどまらなかったように、わたしたちもそこで終わらなかった。光が射して来たのです。そして、その光こそが恵みの光であり、具体的にはイエス様が救い主として来て下さって、十字架にかかって下さったという事実なのです。この事が聖なる神と罪人であるわたしたちの間にかかる橋なのです。神とわたしの交わる事のない対比の間に橋が架かった訳です。そして、橋が架った結果としてパウロは福音に仕えるものとされました。わたしたちも同様、橋が架った結果として福音に仕えるものとされました。これは、あなたはどうしますか、福音に仕える者になりますかと聞かれて決めるというようなことではありません。救われた人は全て、例外なく福音に仕えるものとされたのです。5歳、6歳でキリストを心から信じる人がいます。それから何十年もキリストに仕えます。一方で、死の間際で救われる人がいます。もう残された時間はほとんどありません。でも、キリストに仕えるものとされました。その人はどのようにして仕えるのかと言いますと、イエスを信じますと告白したこと自体によってキリストに仕えたのです。あの、イエスの隣で十字架に付けられた男の場合も同じです。みなさんが礼拝の後の招きに応えて信仰を告白することは神に仕える最初の一歩だったわけです。すべてのキリスト者が神に仕える者とされますが、仕え方は様々です。パウロは異邦人にキリストを伝えることで神に仕えるようにと召されました。みなさんは、様々の現場で神様に仕えることになります。共通する仕える業としては、祈りがあります。神様を賛美し、教会の働き、仲間のキリスト者の祝福や癒し、必要が満たされること、自分の国の指導者が正しい政治を行うように、世界の平和のため、世界中でなされている伝道の業や迫害されているキリスト者たちを憶えて祈り、そして自分のために祈ることです。毎週、日曜日の礼拝を守り、できるなら祈祷会や他の集まりに出席すること、献金をもって教会の働きを支えることなど、すべてのキリスト者に共通する仕える業です。一方で、お一人お一人に神様がお与えになった現場を生きるということ。これも仕える業です。でも、生活環境や仕事はキリスト者となる前と変わりません、と言われる方が多いでしょう。それでも、以前は神様の事を思う事なく自分の力だけで、自分の為に生きて来ましたが、今や神様と歩み、困ったら助けを求め、喜ばしいことがあったら感謝の祈りを捧げて神と共に喜ぶ。そのようなあり方が仕える業そのものです。そして、神様は、それぞれの現場であなたを祝福の基としておられます。全く罪を犯さない生活をしてどうだ、キリスト教はすごいだろうというのではありません。いつも、何事もうまくいくのを人々に見せて、どうだ、すごいだろう、と言うのでもありません。山あり谷ありの毎日を、イエス様に信頼して、信仰が失われそうになった時に教会の仲間に支えられて、祈られて歩んで行く事。罪を犯しては悔い改めて主に従って行くこと。そのようなあり方を通してこそ神さまはあなたを祝福の基とし、人々に「どんな時もわたしが一緒だ。大丈夫だよ」と言う神様の言葉をお伝えしていくのです。最もつまらない者。しかし、神様は、その最もつまらない者にご自身の力を働かせて、恵みを賜って、福音に仕える者として下さるのです。神様と最もつまらないもの。これが第一の対比でした。もう一つ。最もつまらない者とキリストの計り知れない富という対比です。最もつまらない者とは無一物と言うことです。誇るべきものが何もないということです。パウロは出身部族や律法に一生懸命であることを誇りとしていましたが、今や、「誇るものは主を誇れ」(コリントⅡ 10:17)と言い、また、「自分自身については、弱さ以外には誇るつもりはありません」(コリントⅡ 12:5)と言っています。この、誇るべきものがあると思っていたとしても、つまり、仕事をする能力だの財力だの、健康だのを誇っていたとしても、実は誇るべき何物もなく、ただ神様の恵みに支えられているのが私たちです。その誇っているもの、頼っているものを失うと、本当にそのことが良く分かるものです。わたしは、20代の時に一月ほど入院したことがあります。体力と健康には自信があって、それに任せて仕事をしていましたが、目にも見えない細菌の働きで動けなくなってしまいました。本当に、神の支えによってのみ元気でいられる、生きていられるのだと思わされたものです。一方、キリストの計り知れない豊かさとあります。キリストにある豊かで、計り知れない、計る事の出来ない豊かさです。30代の時、わたしを宣教師として派遣して下さっていたアメリカの教会の牧師が来日しました。大きな体の先生です。つくば市にいましたので、つくば科学館にお連れしました。すると、そこに何のためか忘れましたが体重計があり、その体重計は目盛ではなく声で何キロかを言ってくれるのです。先生が乗ると、すぐに何キロですと言ってくれるはずなのに、しばらく何も言いません。そして、「重すぎて計れません」と機械が言いました。キリストの豊かさは、計る事ができない。その恵の豊かさは世の隅々まで、パウロのような、いわばエリートである人からペテロやヨハネのような読み書きすることも出来なかった人、はては、イエスの隣で十字架に付けられていた極悪人まで、高いところから低いところまで、西の端から東の端までを覆う恵みの豊かさです。どんな過去があろうが、今どのようであろうと迫りくる恵みの大きさです。法律には引っかからないけれども不正な事をしていた収税人や、最低の人と見下されていた娼婦たちと一緒にいることを咎められたイエス様は、「わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである」と言われました。その恵みの豊かさです。そして、すでにエフェソの信徒への手紙の1章で聴いた、イエスを復活させた、死に打ち勝つ神の力の豊かさ。それが最もつまらない者であるパウロに、最もつまらない者である私たちに働き、また、その豊かさを伝える働きを委ねられているのです。小さな子どもが、「これを北海道の伯母さんに届けて」と10キロもある大きな荷物を渡されたらどうでしょうか。荷物をもって100メートルくらいは歩けるでしょうか。でも、すぐに持ち上げることが出来なくなってしまいます。一人で行くのは不安だし、どこで乗り換えて、どうやって行けばいいのか分かりません。でも、お父さんが一緒に言ってくれたら、お父さんが切符を買ってくれて、一緒に電車や飛行機に乗って言ってくれたら、荷物を一緒に持ってくれたらどうでしょう。安心していくことが出来ます。あなたはおっしゃるでしょう。それって、子どもが伯母さんに届けているんじゃなくって、実際にはお父さんが届けているんじゃないの、と。でも、このお父さんは、「いやいや、わたしは、この子にお願いしたのです。この子が届け物をしているのですよ」と言います。父なる神様とわたしたちも同じです。あなたの人生を歩みなさいと言われます。使命を与えて下さいます。使命と言われると大げさなことのようですが、それぞれに与えられたところを一生懸命に生きて御覧なさいということです。でも荷が重いです。力が足りません。どうしたらいいのか分からないことがあります。神様は、そのような最もつまらない者である私やあなたといつも共にいて下さり、共に荷を負って下さり、道を示し、また行く道を拓いて下さいます。そして、その中で、わたしたちはキリストの計り知れない富を味わわせて頂くのです。

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